少し元気が取り戻せたとき、
「何か美しいものに触れたい」
という気持ちになった。
もともと音楽やデザイン、絵画など芸術的なことが好きないんぐ。
思い付きだったけれど、作品からエネルギーを感じられるような彫刻をみたい、と感じました。
彫刻といえば、オーギュスト・ロダンの「地獄の門」だ。
と、なぜかひらめいて見に行くことにしました。
静岡県立美術館にあるロダン館を思い出しました。
一度行ってみたいな、と思っていたので、ネットで行き方を調べました。
美術館めぐりが好きなおばと一緒に、静岡県立美術館を目指しました。
おばはいちど行ったことがあるようで、ネット調べるまでもなくすいすいと連れて行ってくれました。
300円というお値段で常設展がみれました。
美術館ってこんなに安かったかな?と一瞬疑いましたが、大人料金でした・・・。
久しぶりの遠出。
久しぶりの美術館。
うつ病いんぐになってから、ホントに珍しい1日になりました。
人の中に身をおくだけでも疲れてしまうのに。
外出したいと思ったりもなかったのに。
歩くだけで疲れちゃうのにな。
これって回復の兆しなのかしら?
でもうれしいことだな。
外出したいって思えたり、何かしたいって感じる心に戻ってきたみたいだから。
そんな自分に気がついて、うれしくなる。
ロダン館はかなり見ごたえがあって、彫刻やロダンの好きな人ならば1日いられるところでした。
ひとりそっと地獄の門の前にたたずんでいたい。
そう思わせる迫力と作品から感じるエネルギーに満ち溢れていました。
地獄の門の正面には、椅子が用意されているので、そこでたたずむことができます。
じっくりゆっくり見て回りました。
ひとつひとつ作品の躍動感と肉体美。
作品のすばらしさは、いうまでもありません。
まだうつ病いんぐは治っていないので、作品のすばらしさとその力強さにやられてしまいそうでした。
十分に受け止める体力と気力が足りないというのか・・・。
何度か椅子に腰掛けて、一息ついてみるようにしました。
いんぐが立ち止まってずっと観賞していた作品があります。
それはロダンの愛弟子である、カミーユ・クローデルの作品でした。
「波 あるいは 水浴する女達」というブロンズの作品です。
1897年の作品。
3人の女性が波のもとにいます。
自分と重ねてしまった部分もあります。
波の強さ、うねり、恐怖感さえも感じます。
3人の女性たちの表情も、働いていたときの自分を重ねます。
女性たちに波はみえているのかな。
波は彼女たちを襲うのかな。
それとも気持ちのいい日の波なのかな。
いろんな状況を想像していました。
いんぐは気がついたら、過剰なストレスという波に飲み込まれて流されちゃったのかも。
波がたちあがったところにいれば、その大きさに気がつかない。
少し陰ったかなというくらい。
気がつかないうちが、花なのかな。
波に飲み込まれた後には、何も残らなかった。
そんな感じがしました。
もの悲しい気もします。
でも組織の中で働くとは、その程度のことなのかもしれません。
うつも、大きな波が来た後には穏やかな波が漂います。
だからきっとつらい思いをしたあとには、明るい世界が待っているのかも、とさえ思えました。
大きな人生の中の、たった一波にすぎません。
きっと。
そんな出口をイメージできるようになったのは、一番つらいときを思い出せば大きな進歩です。
すばらしい作品にふれること。
そのときの自分を投影できたり、出口を見るエネルギーを与えてくれることもあるのですね。
それだけ作品に思いが込められているんでしょうね。
うつ病いんぐからいんぐに戻ったら、またロダン館へ行きたいな。
元に戻ったいんぐはどんな風に、ロダンの作品を感じるのかしら。
うつから解放されるのを願う、いんぐでした。
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- PutiRaku -
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